編集者のこだわりが
新たなコンテンツを創造する
~「魚喃キリコ作品」新装版の発売プロジェクトの全容~

コンテンツ事業局第三編集部

黒岩久美子

大学卒業後、百貨店グループ本部販売促進部にてマーケティング、催事企画等に従事。学生時代にアルバイトで芸能事務所やファッション誌の編集アシスタントをしていた経験から、編集の面白さを極めようと出版社へ転職。以降、芸能誌、情報誌、ライフスタイル誌、ファッション誌等多くの出版社でさまざまな雑誌の編集・立ち上げに携わる。2018年に東京ニュース通信社に入社。

東京ニュース通信社は『TVガイド』を中心とした「TV情報誌」のイメージが強いかもしれませんが、時代の変化とともに、新しい視点とコンテンツを軸にした様々な分野にわたる新規ビジネスを行っています。そのひとつとして2020年3月、多くのクリエーターやミュージシャンにも影響を与えた、漫画家・魚喃キリコ先生の9作品を、装丁を新たに限定版として刊行。また、未公開作品を含めた13年ぶりの新刊となる『魚喃キリコ 未収録作品集』上・下巻や謎の多い魚喃キリコ作品を作家自らが当時の心情やエピソードを交えながら語りつくす『魚喃キリコ 作品解説集』を発売しました。今なお熱狂的なファンたちに影響を与え、新世代からの支持も増やし続ける作品が発売に至るまでの道のりを担当編集・黒岩が語ります。

東京ニュース通信社の生み出すコンテンツたち

TV局との関係が深い東京ニュース通信社がTV番組と連動した書籍やムック本、人気タレントの写真集やカレンダーの数々を刊行していることは、皆さんご存じかもしれませんね。NHKの大河ドラマや朝ドラをはじめとした人気ドラマのガイドブック、最近では人気番組「突然ですが占ってもいいですか?」(フジテレビ系)で話題の占い師・木下レオンの占い本『木下レオン 帝王占術』がネット書店で売れ筋ランキング1位を獲得するなど、ヒット商品を生み出しています。

「自分の強み」を活かしたビジネス展開の実践

近年では、私自身コンテンツを軸に、本作りとは少し違ったビジネスも展開しています。例えば、アパレルメーカーと連携した販売促進企画の立案。私の場合は、ファッション誌に携わった経験から、消費者ターゲットに影響力があるタレント、モデル、インフルエンサーをキャスティングしたり、SNSで拡散したり、映画やTV番組とのコラボ企画を実施しました。これによって、新規クライアントからの依頼も獲得し、売り上げを立てることができました。

また漫画家として多くのクリエーターやミュージシャンにも影響を与えた、魚喃キリコ先生の新作3作品を加えた全作品12冊を、装丁を新たに限定版として刊行。今後は原画展の企画や、グッズ制作・販売、作品の映画化、ドラマ化をはじめ、TV局やクライアントと連携したビジネスなど様々な展開を予定しています。

魚喃キリコ先生の新商品発売を実現させた「編集者としてのポリシー」

このように、コンテンツをどうやって料理し、読者やクライアントに美味しい料理として喜んで食べてもらえるのかを徹底して調べて考え抜く、というのが私の編集者としてのポリシーです。普段は手に入らない食材を使ったレシピであれば、入手可能なルートを探し出す、または入手ルートを知っていそうな人にアプローチして、協力してもらう。そうしてできた料理のコスパはどうか、何人分くらいを作ったらいいのか、パッケージやお皿はどんなものが最適なのか…。考えることは山ほどありますが、出来上がった料理が好評で、たくさん売れて、たくさんの人が喜んでくれた時の感動は、自分の喜びや仕事へのエネルギーになると同時に、貴重な人生体験になります。

また、必要な情報にたどり着くために、あらゆる情報をたどり、自分から積極的に新しい出会いを作っていくことも重要な作業。新しい人間関係を怖がらず、どんどんつながっていくことも必要だと思っています。そのために大切なのは、まず、相手の立場に立って気持ちを想像してみること。そして相手とよく話すこと。話の内容は雑談でも深い話でもOK。正直に素直に腹を割って話すと、相手から必要な情報を教えてもらえるようになります。そうしてコミュニケーションを深め、信頼関係を築いていく。こちらも全集中で考え、手持ちの情報を駆使してベストな提案ができるように努力する。課題やテーマに深くコミットしていくことにより、お互いの考えを高め合える関係性が築ければ、より良い仕事や作品創りにつながります。

魚喃キリコ先生とのお仕事が成立するまで

実際、魚喃キリコ先生と出会えたのも、人とのご縁のお陰でした。ある時、フランスの出版物の著作権を管理する、フランス人の女性社長と出会い、お話ししたことが全ての始まりでした。

「魚喃キリコを知っていますか? フランス国内では、彼女の作品の美しい線や芸術性の高い描写が高い評価を受けています。2009年のアングレーム国際漫画祭では『魚喃キリコ展』が開催されたほどです。その後も、世界各国で魚喃キリコ作品の評価は高まり、現在は翻訳版の刊行や、美術館での展覧会などのニーズも増えているのに、彼女は新作を描いていません。残念です」。

それから海外で翻訳された魚喃キリコ先生の作品をいくつか見せていただきました。それは間違いなく素晴らしいものでしたが、正直私は漫画には疎く、これまで漫画の編集にも携わった経験がなかったため、困惑してしまいました。会社に戻ってすぐに、魚喃先生のことを、あらゆる資料で調べたのですが、現在は活動を休止されているため、連絡先にたどり着くのは至難の業でした。やっとの思いで人づてに繋いでいただいて、お会いする機会をいただきました。その時、私は正直にお伝えしました。

「不勉強で申し訳ないのですが、私は漫画に無知です。魚喃先生のことも、最初は存じ上げませんでした。ただ、遅ればせながら作品を読ませていただき、心に深く感じるものがありました。失礼があるかもしれませんが、いろいろ教えてください」。

それから魚喃キリコ先生と泊まり込みで数日いろんな話をしました。そうして、信頼していただいたのか、帰る時には「あなたを信じるよ。これから全部よろしくね」と言っていただきました。その後、魚喃キリコ先生の作品の権利を長年管理していた出版社のご厚意もあり、全作品の版権譲渡をしていただくという、奇跡が起こりました。すべては、人の持つ情報やご縁、ご厚意によって実現できたプロジェクトでした。

ファン待望の新作「作品解説集」「未収録作品集」が生まれたきっかけ

そこから、編集者として、一人の読者として作品に向き合った時、一つの謎が生まれました。魚喃先生の作品はまるでフランス映画。答えがない。答えを教えてもらっていない。例えば映画やドラマのように、犯人の動機がわからない。ハリウッド映画や推理ドラマのような解決の糸口になるものは何なのだろう?

ある時、魚喃先生に訪ねてみました。「あの作品の主人公の結果はどうなったのでしょうか?」すると、先生は「それは個々の想像だよ。人生はどうにでも変化するから」と答えられました。

「私は作品にあらゆる仕掛けをしている。ある作品で登場した主人公が名前を変えて別の作品で登場する。よくよく分析してみると、作品がつながる仕掛けがしてある。でも、主人公の名前が違うから、気が付く人は少ないと思う」。

その話を伺い、魚喃先生の奥深い世界を改めて感じました。魚喃キリコ先生の新作『魚喃キリコ 作品解説集』が生まれたきっかけになったのがこの会話です。そして魚喃キリコ作品のファンが長年心に引っかかっていた謎解きこそが、この作品が生まれた理由です。

同時に、魚喃キリコ先生の未発表・未刊行の作品、1993年のデビューから90年代後半にかけて描かれた短編とイラストを集約した『魚喃キリコ 未収録作品集』上・下巻の発売も決定しました。こうして、魚喃キリコ先生の新作を加えた限定・新装版全12作品をほぼ一斉に刊行する、という一大プロジェクトが始まりました。これまで漫画を発行したことがない東京ニュース通信社にとっても新しい挑戦です。すべての作品から、魚喃先生と相談して新装版の表紙から帯に入る言葉、デザイン上の仕掛けなど、たくさん話し合いました。

「私の作品に出てくる女の子が持っている携帯は、スマホじゃない。ガラケーだったりするけど、今の若い子にも読んでほしい。だって人間や、男や女の感情は何百年経っても不変だもん。私の作品は200年経っても色褪せない物語だと思っている」。そう魚喃先生がお話されていたのが印象的でした。

そして新装版の9冊と、新作である『魚喃キリコ 作品解説集』『魚喃キリコ 未収録作品集』上・下巻の発売に向けて、スタッフが集結し、無事すべての作品を発売することができました。発売前から多くのクリエーターやミュージシャン、タレントを始め、熱狂的なファンたちの間で話題になったのも、魚喃キリコ先生の作品が今もなお、たくさんのファンを魅了し続けているから、という事実を実感し、驚きと嬉しさが抑えきれませんでした。

編集者の醍醐味

出版社では、タレントや作家、クリエーター、クライアント、TV局や映画会社、広告代理店、芸能事務所、書店など様々な人たちと仕事をします。その中で、交渉や企画提案、予算管理、イベントや物販の計画など仕事は多岐に渡ります。

なかでも大切なのは、立場や背景の違うたくさんの人たちと信頼関係を築いていくこと。作家やクリエーターには個性の強い人もたくさんいるし、「商品を売るため」に新しい秘策はないかと訪ねてくるクライアントや他業種の人もいます。その人たちと、新しい商品を生み出したり、前例のない化学反応を起こして話題を集めたりすることも発想ひとつで叶います。それがとてつもなく面白いし、この仕事の醍醐味だと感じています。

編集者にとって何より重要なのは「情報と人」

編集の経験が長い中、私が何より重要だと思うのは、情報と人です。すべての仕事に通じることだと思うのですが、必要な情報にたどり着くには自分だけの力では限界があります。行き詰まった時、人の人脈や経験をお借りして、必要な情報にたどり着けたことがほとんどです。そして、その情報を分析して考える力、スピーディな行動力、そして人に助けてもらえる正直さや熱意、そして人への感謝。それをいつまでも忘れないで仕事に臨めば、必ず結果に繋がると信じています。

就活生へのメッセージ

東京ニュース通信社は歴史のある出版社ですが、新しい発想やトライも大歓迎です。今、出版業界は過渡期にあります。その大きな節目を迎えた今、コンテンツビジネスも新しい可能性を探して大きな変革を遂げていく時なのかもしれません。新しい時代のキーワードは、情報、人(人脈)、革新、シェア、仲間、心の喜び、フレキシブル、斬新なアイディア。皆さんの新しい視点や発想が新時代のコンテンツビジネスを切り開いていく力となります。一緒にワクワクしながら仕事ができる日を楽しみにしています。